永遠に確かなもの
2007-03-19


☆草は枯れ、花はしぼむ。
だが、私たちの神のことばは永遠に立つ。
(イザヤ書40章8節)

 昨日の日曜日はいろいろなことがあった。
 まず朝5時に起きなければならなかった。疲れていたので、しばしの葛藤があり、結局布団を出たのは5時半ごろだった。PCに向かい、5月6日の高津教会でのユーオーディア・コンサートのチラシ作りをした。デザインを考え、午前の礼拝前に配るべく、150部印刷した。8時ごろには出来上がったので感謝だった。10時半からの礼拝にはまだ時間があったので、一眠りしたいところだったが、前日の日本語教育方法研究会に来てくださった視覚障害者支援団体の方に御礼のメールを早めに出しておいたほうが良いと思い、メールを書いて送信した。土曜日の研究会では、映画の音声ガイドを日本語教育に活用するアイデアに強い関心を持ってくださった方がいて、大変に心強く思った。4月7日の第1回「日本語教育への音声ガイド活用研究会」は絶対に成功させなければならないと、強く思った。
 礼拝での藤本満先生の説教はヨハネの福音書14章6節を引用しての「私が道です」だった。来週は教団の合同礼拝があるので、今年度の高津教会での最後の礼拝のメッセージとして信仰の基本に立ち返る御言葉をいただけて感謝であった。午後の集会では教会員の兄姉から幸いな信仰の証しが聞けてこれまた大感謝であった。
 午後の集会の後で自宅に戻り、今度こそ一眠りして、夕方は川崎チネチッタに向かい、映画『バッテリー』を見た。予告編では兄と弟の物語のように宣伝していたので、そうなのかなと思っていたら、題名通り投手と捕手のバッテリーの話で、いい映画だった。終わり方もとても良かった。やっぱり映画はこうでなくっちゃ、という感じだ。それにしても萩原聖人さん、すっかりオジサンになっちゃいましたね。山田洋次監督の『学校』に出ていた頃はまだまだ子供っぽさが残る若者だったのに、今ではその時の先生役の西田敏行さん並みの貫禄。自分も年をとるわけだと我が身を振り返り、ちょっと寂しい気がした。
 帰宅してからは録画しておいたカーリング女子世界選手権の日本対ロシア戦を食事しながら観戦。スキップ目黒さんの最後の1投は、ほんのちょこっとだけ強すぎて、ロシアに残念な負け方をしてしまった。惜しい、あまりに惜しすぎる。氷のすべりが良すぎるのに戸惑っており、カーリングの難しさ、奥深さがまた1つ分かった一戦だった。
 チネチッタへ向かう行き帰りの電車とチネチッタでの上映開始までの間には、読みかけの飯塚訓『墜落遺体』(講談社+α文庫)を読み、読み終えることができた。これは山口のPさんのブログで紹介されていた本で、1985年の日航ジャンボ機墜落事故で520名分の遺体の身元確認作業の陣頭指揮を執った警察官が自ら描いた凄まじいノンフィクションだ。Pさんのブログに日本人と外国人で遺体に対する思い入れが全然違うということが書かれていて俄然読みたくなり、アマゾンのお急ぎ便で翌日には手に入れていたものだ。

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[信仰]

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