『笑顔 〜15年目の嘘〜』その3
2009-12-16


昨日の日記の続きです。

 昨日、『シークレット・サンシャイン』のヒロインの息子を殺した殺人犯は刑務所の中でイエス・キリストを信じ、そのことにより本人は神により罪が赦されたと信じているが、実は赦されていないのではないか、というようなことを書きました。

 それは、つまりこういうことです。

 神から離れて自己中心となり、その結果として人を傷つけてしまった罪は、イエス・キリストを信じれば、神様は赦してくださいます。これが、罪が赦されるということです。

 イエス・キリストを信じれば罪は赦される、これは真理です。

 問題は、どの程度まで神を信じていれば「信じた」と神様が認めてくださるか、ということです。100%信じていれば問題ありませんが、100%の信仰というのは「きよめの信仰」に立った時であり、それ以前は100%未満だと思うのです。この場合、99%信じていれば合格で98%なら不合格かもしれません。或いは神様はもっと気前が良くて90%信じていれば合格と判定してくださるのかもしれませんし、95%がボーダーかもしれません。

 このように、判定するのは神様の側ですから、本人が98%も信じているんだから大丈夫だろうと思っていても、神様は不合格の判定をしているかもしれないのです。

 『シークレット・サンシャイン』の殺人犯は、自分はイエス・キリストを信じたつもりでいますが、本当のところはどうでしょうか。本当に信じていれば彼は新しく生まれ変わっているはずで、もしそうなら聖霊の働きにより償いの心が生じているはずであり、面会に来たヒロインにも真摯に謝罪したと思うのです。しかし、それが無かったということは、神様はこの殺人犯の信仰はまだ本物ではないと判定して、彼はまだ新しく生まれ変わっていないのではないかと私は感じました。

 フィクションとは言え、『笑顔 〜15年目の嘘〜』の主人公の稲葉秀夫(石黒賢)さんがイエス・キリストを信じることを願ってやみません。そうすれば稲葉さんの罪は赦され、稲葉さんは新しく生まれ変わり、心の平安がイエス・キリストにより与えられます。

「わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。」
(ヨハネの福音書14章27節)
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